2014年9月23日

「安い」パーツと「高い」パーツの違い



自転車のパーツと一言に言っても種類は様々で、そのグレードもまさにピンキリという表現がぴったりなほど上下の幅が広い。

例えばクランクギア


やはり高いのはカンパだが、これは普通に流通しているものであり、マニアックなチタン削りだしのクランクなどいくらするかも分からない。

一方で、下を見てみれば・・・

ママチャリクランクはさすがに論外だろうが、2千円のシマノの廉価クランクと20万円カンパレコードのクランク、その性能の差は価格差ほどは大きくないだろう。
価格差こそ100倍だが、動力を伝えるということにおいて、カンパのクランク1本がシマノのクランク100本分の仕事をするわけではない。

反対に考えれば、シマノのパーツはカンパ高級グレードの1/100の価格で似たような性能を発揮するのだがら非常に良心的でお買い得とも言える。
もちろんこれは自転車という複合体の中で最低限の与えられた仕事がこなせるかどうかであって、レースや趣味のこととなれば話は別になり、求められる仕事の質も必然的に高くなってくる。

では何が求められるかと言ったら、大きく分けて「軽さ」「強度」「精度」の3つだろう。
中には「デザイン」や「質感」といったもの、または「剛性」や「フィット感」といったものが重要という人もいるだろうが、それは個々に求める方向が違うので今回は置いておこう。



まず「軽さ」だが、これは非常に分かりやすい。
今やデジタルスケールを使えば誰だって0.1グラム単位で測量できるし、「どのメーカーのどのグレードのパーツは何グラムだった」という会話は軽量マニアでなくても一度くらいしたことはあるだろう。
また強度についても、見た目では判断できないものの、メーカーはこの部分をもっとも重要と考えて設計しているだろうし、「クランクが走行中に折れる」なんて事故が発生すれば、ネットが普及した現代において、情報をシャットアウトすることのほうが難しい。
つまり強度については、ある程度は安全が保障されていると言って良い。

最後の「精度」だが、実はこれが一番わかりづらい部分である。
鈍感な人ならまだしも、かなり乗り込んだ選手でも気がつかない人は意外と気がつかないものである。

以前にこんなことがあったが、某有名メーカーのMTBに乗っていたライダーの自転車を整備していた時に、左右のクランクに違和感があり、刻印を確認したろこと、左右で5mm長さが違っていた。
本人に聞いてみたところ、最初に購入したときからクランクは交換しておらず、1年あまりの間、まったく違いに気づかなかったと言うのだ。
とりあえずメーカーにも相談したが、「1年も経っているし、本当にサイズ違いのクランクがアッセンブルされた状態で出荷されたのか確認しようが無いから今回は対応できない」と怪訝そうだったのを覚えている。

この例は規格違い品の混入という極端な事例だが、もっと軽微な精度の狂いであればさらに発見は困難になるであろう。
ユーザーにとっては、どこか違和感があったとして、それが元々のもので正しい姿なのか、または修理や調整で改善できるものなのかの見極めができないことが多い。
だからこそ、自転車屋がしっかりとした目で判断しなければならないと思う。

今回の不具合はヘッド周辺の組み付け時に発覚したこの隙間だ。
上ワンとトップカバーの後ろ側に隙間が開き、前側は接触してしまっている。

ヘッドパーツは絶対的な精度を誇るTANGEの「TECHNO GLIDE」、ヘッドパイプにはフェイシングを行ってしっかり面出ししてあるという過信から見落としており、店のスタッフに指摘されて気がつかなければ、このまま組み上げていたかもしれない。

ヘッドパーツ、フレームに問題がないとなれば、答えはステムしかない。
元凶はメーカー不明のこのステム。
クランプボルト側に1mm以上も隙間が開いてしまっていることから、かなり精度の悪い製品なのだろう。
もともとお客さんが置いていった処分のステムなので、サイズ合わせ程度にしか使ってしなかったから良いのだが、このステムがついていた完成車は、どれほどヘッドの回転に負荷がかかっていたのか心配になる。

ステムの底面。
鋳造の型そのままといった仕上げで、切削などは行われていない。
これでは多少歪んでいたとしても無理はない。

そこで別のステムを用意してどうなるかをチェックする。
なんとそれほど変わらない。
やはりテクノグライドがダメなのか?とも一瞬思ったが、先ほどよりは改善されているため、やはりステムの精度がそれほど高くないのだろう。
ちなみにこのステムは、某M社の完成車外し品だが、下級グレードということもあってこの程度なのだろう。

いちおう単体で販売されている「グランジ」のステムを装着した状態。
無事に均等なクリアランスが取れている。
回転も非常にスムーズだ。

なお、「和製クリスキング」と例えられるほど信頼を持つタンゲのテクノグライドだが、なかなかワガママな特性らしく、フレームやステムに歪みがあると、顕著にヘッドパーツにもそれが現れるようだ。

このヘッドセットの図は海外サイトから借りてきたものだが、ちゃんと「TANGE SEIKI」の文字が入っており、さすが世界のタンゲと言ったところである。

左側の分解図を見ても分かりにくいかもしれないが、今回のワンとキャップのズレが起こる原因として、コンプレッションリングが均等に押せてないということがあげられる。
ステムの底面に平面が出ていないと、トップキャップ(Dust cover)が斜めに押される、するとその下のコンプレッションリングも斜めになる。
コンプレッションリングはテーパーになっているので、斜めに入れば当然その下のベアリング(Cartridge bearing)が強く押された側に移動し、正しい位置に収まらなくなってしまう。
これが右のCG図のようなカップ&コーン式(玉受け&玉押し)なら、玉の逃げ場がないため、自動的に軸がセンターに来るのだろうが、シールドタイプの場合はそうはならない事がある。


今回のケースのように、せっかく良いパーツをチョイスしても、他にちょっとした狂いがあれば、そのすべてが台無しになってしまうという「最悪なケース」を防ぐためにも、パーツ選びは慎重に行いたい。
特にステムで言えば「長さ」「軽さ」「角度」にばかり目が行ってしまい、その「精度」については見落としがちだ。

近年では構造を簡略化し、構成パーツ数を減らし、軽量化と高剛性化を図るというのがトレンドだ。
例えば、ヘッド周りに関しては、数十年続いたスレッド式は2000年頃までにはほぼアヘッド式に置き換わっていた。
その従来式アヘッドシステムもレース界では短命であり、ピナレロの努力があってのことか、ものすごい速さで現在のインテグラル式へと移行することになった。
またクランク周辺においても、ホローテック2に始まり、現在主流のプレスフィットBBへの移行など、ヘッド周りと同じようなトレンドの流れだ。

この流れはもちろん歓迎するところではあるのだが、デメリットもないわけではない。
それは、個々のパーツやフレームに非常に高い精度が要求されるということだ。

構造がシンプルになったからこそ、一見すれば簡単そうに思え、プロのメカニックでなくても手が出せそうではある。
しかしこれが思わぬ落とし穴であり、実は従来よりさらに難易度は高くなっているというのが本当のところであろう。

フレームの精度を高める作業としては以下のようなものがある。
・フェイシング・・・
  フェイス面の平面を出す(ヘッド、ハンガー、ディスク台座等)
・リーミング・・・
  パイプ内にリーマーを当て真円を出す(ヘッド、ハンガー、シートパイプ等)
・タッピング・・・
  ネジ山のバリや塗膜を無くす(ハンガー、ディレイラーハンガー、各ネジ部等)
・センタリング・・・
  フレームの捩れや歪みを修正する(金属系フレーム、フォーク、エンド等)

これらの作業にはすべて専用の工具が必要となり、数が少ないためか価格も非常に高額だ。
正直よっぽどの数をこなすプロショップでなければ、すべてを揃えることはできないだろうし、元を回収するにはそうとうな時間が必要だろう。
最近では“やたらめったらフェイスを削りたがる自転車店”も多いようだが、これもお客に対してのアピールの部分が大きいのであろう。

当店のように台数を捌かない弱小自転車店には、なかなか厳しい時代がやってきたようだ。

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