2016年4月9日

リアディレーラーのアームが短くても許された時代の話

先日当店に入庫してきた1台のオールドMTB。
アメリカ西海岸の地名を冠した90年代初期のバイクを眺めていると、今とは違った文化背景があったことに気が付かせられる。

25年近い歳月を経た現在でも、倉庫で眠っていた個体は当時の面影を十分に残していたが、特に珍しいのは、リアディレーラーに貼られたまま現存する注意書きステッカーだ。

When determing chain length, do not thread the chain through the rear derailleur.
Add two links to the length of chain that can be wrapped around the largest chainwheel and the largest cog.
Note:The chain may not be tensioned when using the smallest chainwheel and the smallest cog.

[日本語訳]
チェーンの長さを決定する時は、リアディレーラーにチェーンを通さないでください。
チェーンを前後の最大ギアにかけ、2リンクを加えた長さに設定してください。
注意:前後とも最小ギアを使用した場合、チェーンがしっかり引っ張られないことがあります。


まず、スペルが間違っている。
最近のパソコンは非常に優秀であるり、細かな点も勝手に指摘してくれるため、25年前のシマノのケアレスミスが、こんなところで明るみに出てしまった。
determing→×
determining→○ (決定)

もちろん、これはとても些細でユニークな発見であって、本題は違うところにある。

「前後とも最小ギアを使用した場合、チェーンがしっかり引っ張られないことがあります」

最後の注意で書かれている、チェーンテンションに関する記述だが、これは前後ともに最小のギア(インナー/トップ)を使用した場合、チェーンが弛んでしまうということだ。
チェーンが弛めばフレームに接触したり、最悪チェーンがジャムる(チェーンが噛み込んだり、外れたりしてスムーズにクランクが回転できない状態)ことになる。

チェーンがフレームに接触すればキズが発生するし、チェーンジャムは転倒の危険性をはらむ問題で、なにかと世間がうるさい現代であれば、「注意」というニュアンスではなく、「使用不可」とするのが常識的な判断だ。

しかし当時は、その部分の判断はユーザー側に任されていた側面が大きい。

実はこのバイク、フロント、リアのギアともにワイドレシオな設定であるものの、ディレーラーアームはショートケージなのだ。
だから、インナー/トップにシフトするとキャパシティオーバーでチェーンがダラりと弛んでしまう。

今でこそ、そんなセッティングでは自転車屋から整備不良だと宣告されそうではあるが、当時はさして疑問視はされていなかったのだろう。

なぜなら、「インナー/トップ「や「アウター/ロー」で生じるチェーンのたすき掛け状態は悪いものとされていたし、そもそも適正なギア比を作るのに、あえてクロスオーバーさせることなど不必要だからだ。
熟練の操作者であれば、きっと何不自由なく使いこなしたことであろう。

ディレーラーアームの種類

同じグレード、同じ品番のディレーラーであっても、アームの長さで数種類がリリースされているものが多い。

・SS→   ショートケージ
・GS→   ミドルケージ
・SGS→ ロングケージ

下に行けば行くほどそのトータルキャパシティは大きくなる。

その登場の歴史としても、上から順番に、ワイド化するギア比に合わせて、年々進化していったものだ。
特に文献などは参照していないので、アテにはならないが、ネット上の情報をまとめて推測するとこんな感じとなる。

・機材の進化、市場のニーズでワイドレシオ化が進み、「GS」が登場
・「GS」はアームの長さだけを示す用語ではなく用途を表す「グランスポルト」から
・従来のショートケージの区別化のため「SS」の名称が誕生
・グランスポルトに対し、「SS」は「スーパースポルト」の略名とも言われる。
・MTBの台頭で更なるロングケージが必要となり「SGS」が登場
・「SGS」はたぶん「スーパーグランスポルト」の意味
・現在ではアーム長を示す記号となる

※スポルト=伊 スポーツ=英

ちなみに本家イタリアのCAMPAGNOLOはもっとアッサリした表記で
品番末尾のアルファベット、S→ショート、M→ミディアム、L→ロングとなる。
RD4-REXS → ショートケージ
RD4-REXM → ミディアムケージ
RD4-REXL → ロングケージ

他にもサイトによってはSG(ショートケージ)、MG(ミドルケージ)と略してあることもある。
ロングケージは実物の写真がほとんど見つからないので、かなりのレアパーツなのかもしれない。

ワイドレシオのMTBでショートケージが好まれた理由

当時の北米市場では、なぜかワイドレシオが好まれる傾向にあり、昔は存在しなかったSGSでやっと引張りきれるようなギア比も存在したほどだ。
しかし、多くのMTBライダーたちの中には、キャパシティーオーバーとなるショートケージを好んで愛用する者もいた。

それはまだリアディレーラーの性能が現在ほど高くなく、レスポンスの向上や、チェーン暴れへの対策として、ショートケージを用いることが多かったからだ。
またオフロードの高速走行では、長いアームは岩などへのヒットするリスクが高かったことも敬遠の理由だろう。

MTB黎明期に日本のシーンを席巻した、あるライダーたちを仮に「未舗装兄弟」としよう。
そのうちのひとりがダート競技でメリットの多いショートケージを好んで愛用していたために、その取り巻きを通じて広く布教されたという説もある。

リアディレーラーのアームはショートケージがカッコイイという現在まで続く「自転車経典の一節」は、スタイルを優先したのではなく、このような実用面での性能評価によって自然派生したと見られる。

ギア比において、ワイドレシオは軟弱仕様であると、いまだにコンパクトクランクや、大きなスプロケットを頑なに否定する人もいる。
しかし、ワイドキャパシティでもチェーンジャムのリスクを冒してショートケージを使うというのは、これまた自転車的美学の延長線であり、それをさり気なく使いこなすのが“玄人”の証でもあったのだろう。

メーカーの完成車でもチェーンが余るショートケージがチョイスされてた時代、MTBはもっと自由な制約の中に存在していた。
そして、それこそMTB本来の姿なのだろう。


3 件のコメント:

  1. determinig→×
    determining→○
    0年前のケアレスミスが、こんなところで明るみに出てしまった。

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    返信
    1. 誤字のご指摘ありがとうございます。
      該当部分は修正しました。

      削除
  2. あとゲージじゃなくてケージ
    そんな感じなのに蘊蓄たれてかっこいいすね

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