2019年2月16日

他人がオーダーしたロードバイクを写真だけ見て勝手にインプレする


『自転車に乗らず「見た目」だけでインプレ記事は書けるのか?』
この内容の記事を書いて早4年が経過。
ふとツイッターのタイムラインを眺めているとスチールのオーダーフレームの完成を報告するオーナーがアップした写真に目が留まった。

大手のマスプロメーカーが市販するロードバイクであればカタログやジオメトリーなどからある程度その素性を推し量ることは容易だ。
しかしこれは世界に1台しか存在しないハンドメイドのオーダーバイク。
もちろんオーナーと直接面識があるわけでもなく、自転車とその乗り手の両方が深い霧に包まれた中、わずかに見えるヒントをつなぎ合わせて試乗インプレッションを行うことは果たして可能なのか?

その難題に挑むべく、今回は前回と同様に自転車インプレッションのスペシャリスト、大石&菊池ペアにご登場いただいた。



「乗らずにインプレ」とは?

乗らずにインプレとはまさに読んで字のごとく、実際に自転車に乗らずに、乗ったと仮定し、そこで感じたことを文章化するすることを指す。
なお当店では往年のサイクルストから期待に応えるため、数名の有名ライダーによる対談スタイルを模すことが多い。

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自転車に乗らず「見た目」だけでインプレ記事は書けるのか?
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フィクションサイクルではこの準備として、実際に自転車雑誌でインプレライダーとして活躍している人物へのインタビューや、幅広いジャンルの自転車の試乗を日々重ねて行ってきた。
本職のライダーから得たアドバイスはやはり「いかにしてニュートラル状態を一定にキープするか」という点に絞られたが、乗らずにインプレではその性質上、非常に少ない情報を何倍にも増幅するためのイマジネーション、いわば思い込みの要素も書き手には求めれる。

他人がオーダーしたロードバイクを写真だけ見て勝手にインプレすることにより、その素養を計り知ることができるかもしれない。

その実験を果たすためまずはこのバイクのオーナーにアポを申し込んだ。



スチール製オーダーバイク実走インプレッション


大石:「今回はオーダー車を扱うということで、まずインプレに入る前にこのバイクの方向性について定義しなきゃならないね、どのステージで使うかを想定しないと僕たちの議論もまったくもって「明後日の方向」ってことになりかねない。」

菊池:「オーナーさんはブルベなどの長距離走行がメインのようですが、その場合って普通のロードバイクに比べてやはり快適性が優先されるのでしょうか?」

大石:「もちろんそれもあるけど大前提として速いバイクでなくちゃいけない。「長い距離を高いアベレージで走る」。この条件ってすごく特殊なようだけだ、実は僕たちがやってるような200km未満のワンデーレースやロングのトレーニングとかにもまったく無関係とは言えず、むしろ快適性が高くて速いロードバイクって理想そのものだと思ってる。」

菊池:「たしかにそうですね、500km走って身体の不調箇所が表面化するとして、すでに100kmの段階でもダメージは蓄積してるってことですから。」

大石:「自覚のない疲労でパフォーマンスが低下してるというシーンはあると思うけど、それは普通に体力的な消耗と考えてしまうし、疲れるバイクか疲れにくいバイクなのかを知るにはやはり同条件で走り比べるしかない。」

菊池:「一般的に鋭い性能を持ったスパルタンなバイクは文字通り身体には優しくないと思うんですが、それを高いレベルで両立するというのは乗り手に合わせて細かくパラメーターをチョイスできるオーダーフレームの魅力ですね。」

大石:「その通り。乗り出した瞬間に速いオーラーを出してくる自転車は沢山あるよね、例えば今でも強く印象に残ってるのはコルナゴのエクストリームパワーだけど、最初の数メートルだけで、おっ!と思わせるほどのパリパリの剛性感あった。けど刺激的すぎてロングのお供にしようなんて思わない。」

菊池:「それずっと言ってますね(笑)。さすがに今はどのブランドも軽さと剛性とコンフォートな乗り心地を意識して設計してますから、どうしようもなく乗りづらいというバイクは見なくなりましたが、それはすべてカーボンフレームベースでの話なので、今回のスチールフレームがどんなインプレッションを与えてくるか楽しみです。」

カーボンフォークと大径ヘッドで近代化された乗り味


大石:「まず試乗して最初に感じたことはとても乗りやすいということだね、どの場面でもとても安定してる。快適性に対するアプローチはかなり的確に作用してると言って間違いない。どこか特別に尖った工夫があるわけじゃなくて技法としては普遍的、だからこそ乗りやすい。」

菊池:「僕もそれに近い意見ですね、外見は普通のクロモリバイクっぽいけど、乗った感じは今風のバイクで懐古主義的なスチール感は無かった。」

大石:「おそらくだけど、その答えはヘッドとフォークに集約されると思うよ、あのクロモリバイク特有の乗り味はほとんどスチール製フロントフォークによるもので、オーバーサイズの大径コラムと太めのカーボンフォークブレードによって一気に近代化してる。」

菊池:「ヘッド周辺はモヤモヤせずカッチリしてましたね、それでも加速感なんかはクロモリらしいっていうか、(ペダリングに対して)BB周辺にかけてよく動いてくれる感じは十分にありました。」

大石:「まあその辺はオーソドックスなスチールフレームだからこそ、ってこともあるよね。ウィップで溜める感触とか、とにかく引き出しが多い印象。ハンガー周辺の剛性をガチガチに引き締めたフレームは踏み方も限定されてしまうから、長時間のライド用途ではここが意外と重要なポイントじゃないかな。あとこのバイクのメインパイプはクロムモリブデン鋼、いわゆるクロモリではなくて、コロンバスのNEMOを使用した「ニバクロ」バイクなので、そこんとこよろしく。」

今中:「僕がツールを走った時代はアルミフレームの全盛期だったけど、それでもフォークはスチールだったね」

もっとも進化した鉄「ニバクローム鋼」によるチュービング


菊池:「今はちょっとしたクロモリブーム時代でもあるけど、素材的に『スチールフレーム=クロモリ』という認識が強いような気がして「もうクロモリなら全部同じ乗り味」みたいな世間の風潮はどうかと思いますね、このバイクは数世代前のものよりずっと軽くて鋭い。」

大石:「そうだね。コロンバスのニッケル配合のチュービングはイタリアの工房系ブランドも好んで採用しているし、日本のカイセイだってそうなんだから、スチールも少しずつだけと進化していることをもっとアピールしたほうが良い。今日試乗したバイクもこの状態で7.8kgとまあまあな軽さだけど、それでもレーシングバイクじゃないから極端な軽量化はしてないし、頑張れば7kgフラット近くまで行けるけど、それじゃこの安定した乗り味がスポイルされちゃってもったないない。」

菊池:「先程から言われている「安定している」というのはどのあたりことでしょうか?」

大石:「ジオメトリーを詳しく見てないけど、設計的にはピュアレーシーなバイクの2段階手前くらいの印象。パラメーター的にここを詰めると反応性が早くなるよってところを意図的に引き下げてる感じかな、変な意味じゃなくピーキーさはまったくないね。フロントフォークの肩下がちょっと長いタイプだけど、ちゃんとこれを加味して作ってるからバランスよくまとまってるよ。ただ適当にカーボンフォークを突っ込みましたというのとは違う。逆に悪く言えば若干の緩慢さはもちろん付いて回るけど、トレードオフで現れるネガティブ要素をこれ見よがしに論(あげつら)うほど僕は野暮じゃない(笑)。」

菊池:「オーナーさんはフェンダーなどの装着も予定しているようですが、そのために拡張した各部のクリアランスが良い方向に作用したとか?」

大石:「そのあたりは確証はないけど、安定感の要素はハンガーの深さによるところもあるのかなと思うよ、エンデュランス系のバイクを作ろうとしてありがちなのがシクロやグラベル用途のジオメトリーを持ち込むことだけど、それらはもともとハンガー下り(BBドロップ)が浅めな傾向なので腰高感が拭えないよね。」

菊池:「最近のトレンドなのかアメリカ系の大手3社もハンガードロップ75mm超えとかのエンデュランスフレーム作ってましたが、やはりそのあたりの事情も気になります。」


大石:「ひとつ言えるのがタイヤが年々太くなってるから、相対的に地面からのハンガー高さ(BBシャフト中心)は変わってないのかもしれない可能性もあるけど、パーツの多様化によってトータールバランスをジオメトリーの数値で追うのさらに難しくなってきてるとは思う。」

やはりスチールフレームバイクでも太めのタイヤがベストマッチ


菊池:「タイヤの話ですけど今回装着されていた新しい26c幅のタイヤとの相性も良かったですね、やはり改めてエアボリュームのある軽量タイヤのメリットを感じました。コンディションの悪い下りのコーナリングなどで不安を感じるようなシーンはなかった。」

大石:「それはテクノロジーの進化をモロに感じる部分だよね、太いタイヤが敬遠されるのも過去の話で、快適性という部分を引き上げるならエアボリュームに勝るものはないと証明されている。もちろんタイヤの重量増が無ければの話だけど。」

菊池:「このフレームのクリアランスならワイドリムを使ったり28cも入るでしょうし、走行シーン別の拡張性も高いと思います。今回はエア圧を6.0barでテストしたけど、さらに落とせばまた印象は変わるでしょうね。」

大石:「何年かしたらツールドフランスは30cタイヤで走ることになるっていう予想論を聞いたことがあるけど、自分たちが思っていたより空気の絶対量は重要だったってことだ。もしかしたら今回感じたヘッドの剛性感が実際に長距離を走ったケースでは気になるかもしれないけど、そのあたりも次期にタイヤが解決してくれるかもしれない。その時は4barとかそれ以下なんてことも。」

菊池:「それでも個人的には23cあたりのあの快走感も捨てがたい気はするので、ケースバイケースで使い分けたいですね」

オーダーはハードルが高い?市販のライバルバイクはいるか?


菊池:「このオーダーバイクの仕上がりを見て思ったのが、このスペックのバイクをもし市販車で手に入れようしたら、どこのブランドあたりが近しいのでしょうか?」

大石:「それは悩ましい問題だね、たぶん無い(笑)。というかこのジャンル自体が選べるほど存在しないよ、もちろん際どく近しいものはあるけどドストライクは絶対無い。」

菊池:「ライダーの用途に合わせてピンポイントで寄せていけるというのがオーダーの最大のメリットというのは納得です。ただそれなりにノウハウが必要なので万人向けというわけにはいかない。」

大石:「もちろんノウハウがいるよね。機材を買って走り込むのと対局で、走り込んで機材を作るんだから、そこにハードルの高さはあるのは当然。けどそうしないと手に入らない自転車、お金だけじゃ買えない自転車ってところに僕はロマンを感じちゃうね。」

菊池:「今ではツルシで売ってる完成車の中だけで良し悪しを判断しするのが当たり前になってましたが、よく考えれば他のスポーツでも一定以上の選手はカスタムオーダーしてるんだから、自転車のオーダーももっと取り入れられても良さそうですよね。」

大石:「そのあたりは価格や性能の兼ね合いとか色々あるけど、バリバリにレースやってとか内容が定まってる人以外は十分に検討の価値ありだ。」

菊池:「ロードバイクにはすでにオーダーという文化が過去から根強くあるわけですから、せっかくだからそれを利用しない手はないですね。自分でも目標に焦点を当てたフレームをオーダーしてみようと思わせる1台でした。」

インプレライダー紹介

大石陽平:1974年生れ/神奈川県出身
元証券マンであり健康作りのためにロードに
乗り始めるという過去を持つ。
しかし自転車ブームがいち段落したため
ロードをやめ輸入自動車を購入した。


菊池有飛(ゆうひ):1981年生まれ/東京都出身
大学時代にワンダーフォーゲル部に所属しながらも
IT関係に就職するという異色の経歴の持ち主。
大石陽平の薦めもあり、ロードレーサーを購入。
すでに熱が冷め自転車界隈から引退。






【後日談】果たしてこのインプレはどの程度の精度だったのか?


とりあえず「8割方当たっている」というお褒めの言葉を頂いたので、今回の企画は無事終了とします。

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