2015年10月20日

余裕を楽しむ大人のチタンバイク Panasonic「FXMKT1N」

各外車メーカーの新モデルの発表が一段落したあと、国産オーダー車の雄であるパナソニック「POS」がひっそりと動き出す。

よく業界ではパナソニックの発表は遅いと言われることがあるが、それは外車メーカーが早すぎるということでもあり、まるで雑誌の創刊のように、どこまで新年度モデルをフライングできるかを競っているほうが、本来はおかしな話なのである。

普段であれば、あまり変化しない、そして変化しないことが美徳とされるPOSにおいて、特筆して取り上げるような車種が少ないため、インプレ以外に記事を書こうという気にはならないのだが、今回の2016年モデルにおいて、ちょっと気を引いたバイクがあったため取り上げてみたい。

パナソニックオーダーシステム「FXMKT1N」

流れるようにトレイルライドを楽しむ、27.5インチホイール規格のチタンモデル
高い走破性と軽快な加速性能が魅力の27.5インチ(650B)ホイール規格を採用したトレイルライドモデル。
チタン独自のしなやかさが身体への負担を軽減し、トレイルを流れるようにいつまでも走り続けたくなる。
ヘッドチューブにはテーパーコラム(上側1-1/8、下側1-1/2)フォークに対応した44mm HT規格を採用。
また、ひとつのフレームでワイヤー変速とXTR Di2電動変速の両方に対応した2in1設計。
さらに、トレイルライドでは必須アイテムとなりつつあるドロッパーシートポストのリモートコードをフレームに固定するガイドを備えた、生粋のトレイルライドフレームである。
まるでネット上の機械的な初期パスワードのようなアルファベットの羅列の商品名。
コストパフォーマンス優先の完成車全盛期にありながら、フレーム単体販売オンリーというマニアックな展開である。
普段であればカタログの最後あたりにオマケ程度の扱いで掲載されるMTBなのだが、今回はカタログの表紙を飾ると同時に、巻頭に大々的に取り上げられている。
まさにパナソニック渾身の1台なのであろう。

よくフィクションサイクルに派手なアメ車で営業に来る某C社の営業マンは、「正直なところ、日本のマーケットでMTBは金にならない」とロードレーサーをプッシュしてくるのだが、さらにこのジャンルでネームバリューの劣るパナソニックがMTBを全面に推して来るということは、いったいどういうことを意味するのだろうか。

現時点ではカタログからの推測のため、はっきりしたことは断言できないが、スペックとジオメトリーを見る限り、これはMTB好きが作ったMTB好きのためのMTBだと思わせるポイントがいくつか見受けられるのだ。

これはレーシングバイクではない。

かつての自転車チャンピオンの著書のタイトルのようではあるが、このバイクはタイムを競うものではない。


世界中に存在するXCバイク。
それらはレースシーンにおいて速く走るために設計されたのであって、最速こそが存在意義なのだ。

そんなことを言うと、いやいやトレイルバイクがたくさんあるじゃないか?
とアメリカ西海岸系のブランドや、ヨーロッパ系フルサスバイクのブランドを片っ端からあげて反論されてしまうかもしれない。

しかしそれらはとても実用的で、価格もお手ごろなアルミフレームが主流だ。
余裕のある大人が手にするには、ちょっとヤンチャすぎる気がしなくもない。
では反対に渋い感じのスチールフレームは?と言えば、センスは悪くはないが、ちょっと重たい。

その点、このパナソニックのニューバイクは「チタン」という高価な素材をたっぷり使いながら、山で遊ぶことしか考えていない、なんとも贅沢な「大人の自転車」なのだ。
もしこれがレーシングバイクであるならば、120~140mmのサスペンショントラベルに対応するジオメトリーにはならなかったハズだ。

軽さは正義・・・」、このキャッチコピーを覚えているだろうか?
これは数世代前のDURA-ACE発売時の名言だ。

自転車で山に登ったことのある人間なら誰でも実感したことがあるだろうが、やはり軽さとは何物にも変えがたい正義である。
これがレースであろうが、遊びであろうが、もしくはただの通勤や通学であったとしても例外ではない。

もし軽量のハードテールMTBを探すとなれば、候補はいくらでもあるだろう。
しかし、遊ぶための軽量バイクの選択肢は意外なほど少ない。

まさに「FXMKT1N」は唯一無二の国産MTBなのだ。

27.5インチ(650B)の優位性は市場で確立されたのか?

ゲイリー・フィッシャー、トム・リッチー、ジョー・ブリーズらによって誕生したMTBは長い間26インチという規格にしばられていた。
これはMTBの前身であるビーチクルーザーが26インチだったからという理由が大きいのだが、その「26」という規格を最初に疑問視したのもまた、創始者である彼らだった。

かなり早い段階で、フィッシャーは29erを提唱していたし、リッチーも未来を予言するかのごとく650Bの開発に取り掛かっていた。
※MTBの先祖「クランカー」はビーチクルーザーの改造車

フィクションサイクルにおいても、長い間どのホイールサイズがもっとも優れているのかを検討していたが、そこに正しい答えは見出せないでいた。
26インチを振り回す楽しさは格別だし、29erの速さはタイムが証明していた。

そして27.5インチ(650B)については、その中間サイズであり、どっち付かずという印象を当初はもっていたものの、自転車業界の強烈な推進力によって、MTBの王道に躍り出た現在では、もやはこれを否定するほうがマイノリティとなってしまった。

もし自分がどれか1台MTBを選ばなければならないとしたら、その答えは「27.5インチのハードテール」だ。
オールマウンテンというジャンルがあるが、すべてをカバーできる能力が27.5インチにはあると言っていいだろう。
MTBの天才、トムリッチーが650Bの有効性を見抜いたのが、今から遡ること30年以上前の1977年と言われている。
我々凡人が、あーでもない、こーでもないと議論しても、所詮はリッチーの手のひらの上だったということになる。

平凡に見えて非凡な工作

少し前のことだが、とあるイベントでチタンフレームを扱うメーカー数社の技術者と話し合う機会があった。
「チタンフレームってどうやって作るの?」という素人っぽい質問をした際に、それぞれ工作の難しい部分を教えてくれたのだが、特に驚いたのがヘッドパイプとハンガーの製造方法だ。

「チタンのインゴットから削りだしてパイプを作っています」
数社がそのように答えていたと記憶している。
メインパイプについては、チタンの板材を丸めてから溶接し丸いパイプを作るのだが、より高い精度ど厚みが必要となるヘッドパイプとハンガーはインゴット(素材の塊)からの切削して管を作る必要があるのだと言う。(上部写真の左側に写っているのがヘッドパイプ)
チタンという硬い素材は熱伝導率などの関係で、ただ切削するだけでも難しい。
それを贅沢にも1台1台に合わせ、高価なチタンインゴットのほとんどの部分を削ってしまうというのだがら、想像するだけでもったいない気分になってしまう。

さらに別の金属技術者に言わせれば、エンド周辺パーツに用いられているチタンのロストワックス製法(チタン鋳物)はかなり高度な技術だそうだ。
あまりにも地味にやってるものだから、誰も気が付いていないと、パナソニックのアピール下手を面白がっていた。
※写真はクロモリ用

パナソニックのチタンフレーム、通称「パナチタン」は高価なことでも有名だが、ここまで製造方法を聞きだしてはじめて、強気なプライスの理由が理解できるだろう。

削りだしのヘッドチューブ。リッチーアイテムはあえてのチョイスか?

チタンフレームが割れやすいという噂は過去のもの?

フィクションサイクル店長はチタンバイクに思い入れがある。
というと所有したことがあるみたいな言い方だが、実は自分の愛車となったことは1度もない。

これはかなり昔の話で、今とはチタンの配合が違う時代の事だ。
今では国内でも有数の実業団チームに所属する某選手が、自分と一緒に草レースを走っていた頃、彼はニューバイクとしてパナソニックのチタンロードを実戦に投入した。
クロモリフレームが全盛の時代に、超軽量のチタンバイクは輝いて見えた。

しかし数ヶ月でそのフレームはあっけなくクラックが入り廃車となってしまったのだ。
彼は自分にこう言ってきた。
「パナソニックのチタンはやめておけ、剛性無いし、割れるぞ」

その言葉を真に受けた自分は、しばらくチタンバイクそのものを敬遠してきたのだが、あるとき別の選手から「このチタンバイクはアルミフレームと違って何をやっても壊れない」という別の証言を聞いたのだ。

それを証明するように、彼は愛車のチタンバイクで派手にダニエルまでやってのけた。
久々にカタログをチェックすれば、素材はピュアチタンから3AL-2.5Vという合金に進化しており、その後はパナソニックのチタンフレームが割れたという話はまったく聞かなくなった。

そして2016年モデルである「FXMKT1N」はそのカタログ重量からも、さらに強度アップが図られた形跡がある。
前身モデルである26インチ、29インチモデルと比較しても重量が加算されているが、これはそのためであろう。

・FXSKT1N(26インチ/420mmサイズ):
  1,420g
・FXLKT5N(29インチ/500mmサイズ):
  1,690g
・FXMKT1N(27.5インチ/500mmサイズ):
  1,760g

※2015年をもって消滅することとなった29er

アウトバテット化された26インチが軽量なのは分かるが、同じプレーン管の29erと比較しても70gのウエイトアップは、強度部分に貢献する設計の見直しがあったものと思われる。

少し重たくなった気がするが、アルミフレームのトレイルモデルでまず2kgを下回ることはザラには無い。
もちろんフルサスであれば3kg以上は下らないだろう。

カタログ仕様では完成車重量、11.7kgとなっているが、これは十分な優等生と言っていい数値だ。

しかし、普通は最小サイズや標準サイズで重量測定を行うであろう部分を、パナソニックはナゼかバカ正直にも最も重い500mmサイズ(適合身長~195cm)で表示しているのは不思議だ。
おそらく420mmサイズであれば1600g台にフレーム重量を抑えることができると思われる。

カタログの疑問点を解決

テーパーコラム(上側1-1/8、下側1-1/2)フォークに対応した44mm HT規格とはいったい何なのか?
まず、テーパーコラムとは、自転車においてもっともストレスが発生するであろうヘッドチューブ下部を大径化し剛性を高めるためのもので、現在の主流になりつつある規格であるが、このフレームの説明を読む限りでは意味がイマイチ分かりにくい。
その答えはカタログの最後のほうに記載されているのだが、早く言ってしまえば、このフレームはテーパーコラム用ではない
ヘッドは44mmセミインテグラルヘッド対応の上下同径パイプであり、テーパーフォークに対応するには、クリスキングのInset7などのアダプター的ヘッドパーツとの組み合わせが必要だ。

テーパーコラム対応という書き方は、クリスキングのヘッドパーツありきのものであり、紛らわしい気がしてならない。

しかし逆を言えば、泣く子も黙るクリキンを堂々と見せびらかす美味しい仕様でもあるのだ。
インテグラルヘッド主流の現在、ヘッドワンはフレームと一体化(インテグラル)し、表には見えなくなったのだが、「Inset7」は下ワンだけではあるものの、「CHRIS KING」のロゴが輝く貴重なアイテムだ。

フィクションサイクルのお客さんでも、このロゴが見せたいがために、あえてテーパーフォークをチョイスする人がいるくらい、クリキンの魔力は強い。
もちろん店長号にも採用している。

もし不具合があるとしたら、それはヘッドパーツの厚み、約1cmがカサ上げされてしまうことだが、この違和感を感じる取るには、よっぽど敏感にならなければならない。


32万円の価格をどう見るか? 求められる「大人の余裕」

個人的には高級車を「高すぎる」と表現するのがあまり好きではない。
なぜならその商品には大なり小なり、その価格になった理由があるからだ。
価値さえともなっていれば、100万円でも安いし、逆にともなっていなければ10万円でも高いという判断になる。

このバイクの価格は税抜きの32万円だが、比較対象が少ない特徴的なもので、簡単に判断はできないが、やはり安い買い物ではない。
特に昔の価格を知っていれば、チタンバイクの価格高騰には眉をひそめるものがある。

ただ前向きに検討する要素があるとすれば、このバイクは本来のMTBの王道路線であり、不変的な価値を持ち続けるということだろう。

流行りのカラーリングは廃れる・・・
最新レーシングスペックは過去の栄光となる・・・
ナーバスなバイクは壊れる・・・

そのどれも当てはまらない、変わることのないチタニウムの鈍い輝きはいつまでも色褪せない。
短期間でバイクを乗り換えるような若いライダーには不向きであろう。
しかし、ひっそりと山に入り、トレイルライドを一人堪能するようなコアなMTBライダーにとって、長い期間に渡って時間を共有する相棒として見るのであれば、このバイクは職人の手に馴染んだ道具のように、“ただの自転車”を越えた存在になることは間違いない。

このバイクは「変化しない」と言われるパナソニックPOSのラインナップを体言する“最新モデル”なのかもしれない。

MTB好きが作ったという証明

カタログを眺めていて思ったのが、この写真のモデルは開発者のK氏であろう。
関西シクロなどでもちょこちょこ見かける彼は、自転車界でも有名なMTBフリークである。

そして決めてはカタログの次の写真だ。
ジャージについた泥。
彼は間違いなく転倒している。

普通に考えて、カタログの写真を撮影しにきてモデルが転倒することはない。
もしあっても着替えるに決まっている。

よくあるカタログ写真はレース中のプロライダーをプロのカメラマンが撮影したものが使われているが、これはまったく違うアプローチであり、実に面白いと思う。

MTBとは、本来自由に野山を駆け回り、遊び倒すためにあるものだ。
氏が転倒するほど本気で走った理由は、誰かに勝つためでもなく、自己ベストのタイムを出すためでもなく、ただ純粋にMTBと向かい合った結果であろう。

大手マスプロメーカーでありながら、こういった遊び心を見せることによって、ユーザーを引き付けているということに、気が付いている人は少ないかもしれない。

自転車店として、MTBはただ販売すればいいというものではなく、カルチャーもセットで提供しなくてはならないと自分は思う。

フレームジオメトリー



ちょっと気になるのがトップチューブ長(B or B')の計測位置を示す図だ。
パナソニックはいつからフォークオフセット込みのトップチューブ長表記に変わったんだ?と首を傾げてみるが、おそらく数値からして図の間違いであろう。
参考までに2015年のジオメトリー図を貼っておく。

【正】

【誤】
良く見れば全体的におかしい。
シートチューブ長がサドルの上まで来ているし、フォークオフセットの「F」については、もはやどこが基準値なのかすら分からない。
図の示す部分と数値が合っていないのは、ざっと見て、A、B、B'、C、F、I、J、K、Lの部分だ。

まあジオメトリー表を見慣れているプロショップなら間違えることはないと思うが、カタログが改定されるまでは注意してもらったほうがいいだろう。


関連情報
実車で見るパナチタン27.5「FXMKT1N」の魅力
http://fiction-cycles.blogspot.jp/2016/03/fxmkt1n-impression.html

0 件のコメント:

コメントを投稿

人気のトピックス(全期間)

/*追跡スクロール2*/