2018年6月19日

電池の要らないアシストギア「FREE POWER(フリーパワー)」を使わずに語る

フィクションサイクルの代名詞とも言われるエアインプレ
今回のターゲットはテレビでも放送され話題になっているフリーパワーと呼ばれる特殊な自転車用クランクだ。



その謳い文句は「電池の要らないアシストギア」

電池というその単語から電動アシスト自転車を意識していることは読み取ることはできるが、まさか電池不要で電動アシストが可能なほど物理の法則は甘くない。
傍から見ている自転車関係者だってそんな商品は出来っこないと思っていながらも、世間の好反応を知ってしまっては迂闊にダメとも言えなくなるだろう。

テレビというものはもの凄いチカラを持っていて、些細な事であっても何倍にも増幅して世の中に拡散することのできる便利ツールだ。
今回のニュースも人々の気を惹きつけるいくつかのキーワードによって爆発的に広まってはいるものの、その内容には広告のポジティブ面だけを掬い取って一喜一憂しているに過ぎない。
過去を振り返ればちょっと前に”水素水ビジネス”なんてものが持てはやされていたが、ブームが去った今では手のひら返しのバッシングにみんな余念がない。


さて話はフリーパワーに戻る。
この商品についてもツイッターなどを見る限りは実際に効果を体感した人は少なそうだ。
それでも価格のお手軽さから電動アシスト自転車の代替品と考えている層もそれなりにいるようで、このキャッチコピーを考え付いた人の巧妙さには脱帽せざるを得ない。

しかし過去からの様々な発明品を見てきても、入力した以上のチカラを出力として取り出すことができない事は、ドクター中松が未だに永久機関の特許が取得できないことからも明らかである。
それは冗談としても、バッテリーというエネルギー集合体に対して、如何に人力を上手く組み合わせようとも、その代替になり得ることは無い。

かと言ってまったく効果がないといきなり決めつけてしまうのも乱暴すぎるので、一体どのようにアシストするのかを調べていきたいと思う。

まずフリーパワーの出生について。

世に役立つ特許商品を開発
https://miyabiz.com/keyperson/keyperson_1/item_16842.html

これはマスコミ関係者に以前教えてもらったことだが、世間の人々の関心を集める材料として、開発の苦労話、人情話、困難からの大逆転は必須であると聞いたので、そのレシピからすると、この記事もお手本のような仕上がりである。
記事の中には2006年から開発に着手とあるため、すでに12年が経過しての商品化ということで、この長い期間に渡り情熱を維持するにはそれなりの手応えが不可欠であるはずだ。

だからただ何となく思い付きで成り立っている機構とも思えないのだ。

実は昔からたくさんあるバネ式特殊クランク

アンティークパーツのコレクターでなくても、一目見ただけで奇異に映るクランクは長い歴史の中に出てきては消え、また出てくるが、また消えるの繰り返しだ。

その中でも今回のフリーパワーに近いのがドイツ人の発明、『インタードライブクランク』ではないだろうか?
https://a2011.wordpress.com/2012/08/01/principia-mit-federkurbel/

イタリア人なら絶対に作らないであろう仰々しいデザインのクランクはまさにフリーパワーと同じ構想であり、上死点から下死点に踏み下ろす間にパワーを蓄積し、その後でスプリングに蓄えたチカラを推進力に変換しようというものだ。
この発明の失敗として指摘されているのは、スプリングに蓄えたチカラを放出するときに支えとして脚力が必要になるという点だ。
見落としがちではあるが、バネを作用させるには下死点で反発するエネルギーをこれまた自らの脚力で押さえ付けなければならない。
もともとペダリング効率の良いケースでは、もっともらしい効果が得られないもの当然である。

この他にもペダリングエネルギーの回収効率を追及したアイテムは様々ある。

・BIKE DRIVE
・Z-Torque
・Rotor RSX4 cranks
・Cyfly system



例を出せばキリがないが、実際のレースシーンを見ても実用化で成功したのは楕円形チェーンリングくらいなものだろう。
多くの自転車選手がダイレクトに駆動を伝達するDURA-ACEのクランクを愛用するのも、それが最適解である可能性が高い。

フリーパワーで効果を感じられる人は限定される

フリーパワーで恩恵を受けられるのは、簡単に言ってしまえば「自転車を漕ぐのが下手な人」であろう。
いや、どちらかといえばペダルを漕ぐ人である。

失礼なことを言うが、世の中の9割以上の人は自転車に乗るのが下手だ。
トレーナーやコーチに指導されて、圧倒的なトレーニング量によってペダリングスキルを身に着けた一般人など居るはずがない。
だから一般自転車ユーザーのほとんどは多かれ少なかれロスが発生している。
スポーツ系自転車の乗り手なら知っているし、某漫画のセリフにもあるように、自転車のペダルは漕ぐのではなく回すのが正しい。
筋力をクランク軸の回転に無駄なく変換することこそラクに速く走る大前提である。

つまりその逆である、ペダルを踏み下ろす、いわゆるペダリング効率が悪い人こそ、このフリーパワーの恩恵を受けることができるターゲットなのだ。

以前、高齢者がなぜペダリングが苦手になるのかを観察したことがある。
その原因は筋力の不足で、一定のクランク回転範囲でしか脚力を伝達できないことにあった。
高齢者は足つきを優先するためサドルが低い。
するとペダルが上死点、アナログ時計で例えると12時の位置にある時はヒザが曲がって踏み下ろすチカラが発揮できない。
最大限にペダルを踏むことができのは、精々12時~6時の部分しかなく、左右合わせた場合においても、どうしても12時~2時(正面では6時~8時)に掛けての2時間分、角度でいうと60度分の推進力が不足し、ペダリングが途切れ途切れになってしまうという訳だ。


その6時の下死点から反対側のクランクに仕事を引き継ぐ瞬間にアシストする。
12時から2時の担当者不在期間にお手伝いに来てくれるのが、まさしく「アシストギア」の名称の真骨頂であろう。

※便宜上シート角を無視して上死点と下死点を12時と6時としています

おそらく10年以上にも渡り開発に心血を注いだ発明家の意図するところはここにあるのだと思う。

一部の広告に見る過剰演出の違和感

大手量販店が取り扱うということで、その宣伝も大々的なものになっている。
正直、真っ当な自転車屋から言わせてもらえば、過剰なものやグレーゾーンな表現はよく出くわす問題だ。
このようなPOPは様々なところに横行している。

フリーパワーも話題作りのために、演出は過剰気味である感は拭えない。
消費者というのは驚くほど素直にキャッチコピーを受け入れるものだが、ネットの意見を読んでいけば「これで高い電動を買わないで済む」というものまで出てくる始末。
これは明らかに誤認である。

例えるなら
手持ちの100円で300円の価値の商品が買えるようになるのではなく、300円で買っていた100円の価値の商品を100円で買えるようなる。

ただそれだけのことだが、深く考えない消費者は混同してしまうのだ。
この飾り付けられた言葉の数々を少しずつ剥がしていって辿り着くのは
「デッドゾーンを無駄にしない構造」というシンプルな答えになるだろう。

「ペダルを踏む力を推進力に変える画期的なクランクギア」という宣伝文句もあるようだが、逆にペダルを踏む力を推進力に”変えない“画期的なクランクギアがあったら教えて欲しいくらいだ。

また宣伝動画の商品比較にも違和感を覚えた部分があった。

一般的なギア

 フレキシギア(フリーパワー)

https://www.youtube.com/watch?v=35TOLc79S4

上の2枚は従来ギアとフリーパワーの坂道での比較動画から切り抜いたものだ。
映像では後者がいかにもスイスイ登る様子が映されているが、この2台は明らかにギア比が違う。
赤いラインはクランク1回転で進む距離を示しているが、従来型は距離が長い、つまり重たいギアを踏んでいるのだ。
大雑把に見ても1.5倍の違いはあるのではないだろうか?
これで一般的なギアがキツいとアピールされても白けてしまう。

自転車に詳しい人なら、なんとなく眺めているだけでも気付くであろうレベルの差を堂々と流すのは過剰演出と受け取られても仕方ないことだと思う。
このようなことはテレビでは日常茶飯事に行われていることとはいえ、自転車の適正利用を訴える立場にいる人間としてはやはり見過ごすことはできない。

売るためには話題になるようなキャッチーなコピーが必要になるのは分かるが、過剰になりすぎて期待を裏切った水素水の末路と同じ道を辿らぬように祈るしかない。

クランクは意外としっかりした作り

これはネット上にあった画像からだが、製造はプロホイール製とのこと。



プロホイールは知名度こそないものの、完成車採用やOEMのクランクなどそこそこの品質の商品を手掛けるメーカーだ。

PROWHEEL
http://47.88.77.172/main/?product_cat=road-race
浩盟企業股份有限公司WHOLE MAN
ENTERPRISEhttp://prowheel.imb2b.com/

個人的にはダイレクト感のない温い駆動系(フローティングベルトも)はまるっきし好みではないので使用することはないだろうが、従来の同様な製品と比較してどの程度の進化を遂げているか気になるところではある。

なお当初の目的は大石菊地ペア(サイスポとは関係ない人々)による対談形式のエアインプレを企画していましたが、時間的な制約により割愛させて頂きます。
何卒ご了承ください。

4 件のコメント:

  1. はじめまして、フリーパワーに関する丁寧な記事に感服しました。

    テレビの演出に魅せられて試乗したものの、デッドゾーンでは逆回転側にも反発してペダリングがギクシャクするし、トルクがかかった状態でスピードを上げるとシリコンが潰れたままになるので意味がありませんでした。

    テレビ放送後にオリンピックさんの株価が急騰しましたが、ヤラセのような放送だったことが広まり、DIYでよく利用しているオリンピックさんが逆にダメージを受けないか心配です。

    返信削除
  2. はじめまして、フリーパワーに関する丁寧な記事に感服しました。

    テレビの演出に魅せられて試乗したものの、デッドゾーンでは逆回転側にも反発してペダリングがギクシャクするし、トルクがかかった状態でスピードを上げるとシリコンが潰れたままになるので意味がありませんでした。

    テレビ放送後にオリンピックさんの株価が急騰しましたが、ヤラセのような放送だったことが広まり、DIYでよく利用しているオリンピックさんが逆にダメージを受けないか心配です。

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  3. 物理工学上の議論としてはどうなんでしょう?上のエネルギー保存則絶対準拠の文脈でいうと、変速ギア全般まで無用評価することにならないでしょうか?今回の特殊クランク構造が伝達ロスの逓減技術だと位置づければ、結局変速ギア構造の亜種なんでしょうに。

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  4. 結局のところ、フリーパワーとは記事の冒頭に出てくるインタードライブクランクを簡略化したものにすぎません。しかも効率は劇的に落ちています。

    インタードライブの弱点。
    つまり上死点下死点において、バネ(フリーパワーではゴム)の反力を筋力でささえる必要があるのはどちらも同じ。
    そして、フリーパワーはぐむを使っているために「ヒステリシスロス」が発生します。
    つまり入力したパワーに対して出力は小さくなります。
    ロスが発生する。

    なんでこんなモノが一時であれもてはやされたのでしょう?
    日本人(特にマスコミ)の科学的なリテラシーの欠如は驚くほどにひどい。

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